2014年 05月 07日
戯言
それは有名なピアニストが途中でコンサートを中止してしまったという話です。
コンサートは来て下さるお客様と共に作り上げるものだと思うのですが、静寂を共有しながら作り上げるコンサートもあると思います。
コール&レスポンスというのは所謂「盛り上がる」というものだけではなくて「静寂」というコール&レスポンスもあり得るのかなと思います。
奏者と聴衆が一体になるというのは何も全員が総立ちになって手拍子するということではないし、かけ声をかけたりジョークでその場を盛り上げるというのだけではないですよね?(もちろん、そうやって盛り上がる素敵なコンサートもあると思います。楽しさとお客様の笑顔がそこには沢山あります。私はそんなコンサートも大好きです。)その究極のアンチテーゼがこのピアニストのコンサートなんだと感じております。
そんな事を理解した上でこのピアニストのコンサートを催すにはあまりにも会場が広いのではと思いました。3000人近くもお客様が集まれば、全員がこのピアニストのコアなファンであるはずがありません。付き合いで来た人もいるし、もしや会場が満席にならないことをおそれた主催者サイドが招待券をバラまいたかもしれないです。咳をする人もいれば野次を飛ばす人もでてきます。
その事は主催者も奏者も想定内ではなかったのでしょうか?ましてやレコーディングもしていたということですよね。
諸経費を考えるとこのくらい大きな会場じゃないと成立しない事情があるのでしょうかね。
それならチケットの値段を10倍くらいにしてそれでも聴きたいっていうお客様だけを集めて会場を小さめにしてレコーディングもするっていうのはダメでしょうか?
かつてマイケル・ジャクソンが50万の入場料でパーティー開いたって
マイケルに会いたい人は沢山いらっしゃっいましたよね?
このピアニストに対して傲慢だとか聴衆が甘やかすからつけ上がるんだ、いい気になるなっていうのは少々乱暴な気もします。
たしかに高いお金を払うのはお客様です。ならばこのピアニストと一緒に作り上げる空間を楽しみたい人達だけが集えば良いのだと思うのです。
きっと極度に繊細なこと(本人だけがそう思っている場合もあるとも思いますが・・・)というのは、多くの聴衆を前にしてやるには限りがあるのではないかと思います。
あまり良い例えではないかもしれませんが、天才シェフとかの料理も一人で一度に3000人前は作れませんよね(笑)(アメリカの大統領が行ったお寿司屋さんとか・・)きっと10数人が限度なのではないでしょうか。
お客様はこのシェフに高額な代金を支払っても満足してお帰りになるのではないでしょうか?きっとその料理人と静寂の中で味を楽しんで、(またはそんな気分にだけなって)それぞれの感想を持ち帰っていくのではないかと思います。もし納得いかなければ次は行かないし、また食べたければもう一度高額なお金を払ってもこの料理を味わいに行くと思います。
高額なお金を払っても良いというお客様だけで成り立っているのだと思うし、
料理人もそれをわかってお店をやっているはずです。そのことを外野から批判的なことを言うのは筋違いだと思います。
このピアニストの音楽もそういう仕組みのなかで成立するものだと思うのです。
しかしながら、プロ根性みたいな論理を持ち出すのもあまり好きではありませんが、やはりステージに出た以上は最後まで演奏はするべきだったのでは?とも思います。「ママ〜、咳がうるさくて演奏できないの〜〜〜〜!」って言う感じがうっすらと無くもない・・・(笑)
最後のデザート出す前にシェフが帰ってしまったという感じなんでしょうか・・・・?
私は「最後までちゃんとやれよ〜〜!咳くらいでキレてるんじゃね〜よ」っていう思いと、
「静寂の中にこそ生み出される音楽を楽しむ為にはお客様にも理解が必要ですよ〜、皆さんお静かに願いますね。」という思いが同居して、この狭間でゆらゆらと心を揺らしているどっち付かずの中途半端な野郎でございます。
by spanishconnection
| 2014-05-07 11:02
| 日記